ゴールデンウィーク。
世間では「大型連休」という言葉が飛び交い、
SNSは旅行先やおしゃれなカフェで楽しむ人たちの写真で溢れています。
そんな浮かれ気分の真っ只中、
私はベッドの中で丸くなって、クレジットカードの支払い残高を見つめていました。
枕が臭い。加齢臭がします。
自覚できるレベルなので、周囲の人にはどう思われていることか。
でも洗濯をする気力が湧いてきませんでした。
まるで死刑宣告を受けた囚人のような気分です。
執行の日は囚人には明かされないという話を聞いたことがあります。
ある日の朝、突然執行を告げられるのだとか。
死刑囚は、自分があと何日生きられるのかわからず、毎日毎日怯えているそうです。
まさにそんな気持ちです。
かろうじて手元に残る現金は約2000円。
これで連休を乗り切らねばなりません。
借金の返済計画なんて考えている余裕はない。
私が考えられるのは、「給料日までどう生き延びよう」ということだけです。
朝は晴天で、風も心地よく、まさにピクニック日和です。
しかし財布の中身の軽さが頭をよぎり、その快晴が逆に恨めしく感じました。
こんな自分でも腹が減るのが不思議です。
トップバリューの格安カップラーメンで飢えを凌ぎ、自分が持っていないものを一つ一つ数えていきました。
きっと円周率と同じで無限にあるので、途中で諦めてしまいましたが。
諦めること、挫折すること、それだけは誰にも負けません。
お昼を過ぎたころ、家にいても気が滅入るだけだと思い、
近くの商店街まで散歩することにしました。
ゴールデンウィークの商店街は活気があるものだと思っていましたが、
意外にも人が少なく、どこかしら寂しい空気が漂っていました。
考えてみれば当然のことです。
大型連休に、わざわざ寂れた商店街に足を運ぶバカなんていません。私くらいです。
でもこのゴールデンウィークに置いていかれたみたいな物悲しさに、
不思議とホッとするものがありました。
特に目的もなく商店街を歩き回っていると、
個人経営の古びたたこ焼き屋が目に止まりました。
4個入りで200円。
お財布に優しい値段設定ですが、それでも私には悩む金額です。
香ばしいソースの匂いが食欲をそそります。
最近はカップラーメンばかりで、栄養が偏っています。
それにゴールデンウィークですから、少しくらい奮発してもいいのではないか…。
まあたこ焼きですから栄養の偏りは正されるどころか、
より傾くのは目に見えていますが、栄養の足りていない私の頭では、
そんな当たり前のことを考える余裕もありません。
散々悩んだ挙句、私は清水寺から飛び降りる思いで、
たこ焼きを買うことにしました。
4個入りで200円。
つまり1個50円。
かなりお高い買い物です。
ごくりと喉が鳴ったのは、食欲だけが理由ではないでしょう。
とろとろの柔らかい本場系のたこ焼きです。
爪楊枝では食べづらいですが、それがまた一興。
ソースがふんだんにかかったたこ焼きは最後の楽しみにするとして、
一番ソースも青のりもかかっていない一つを口に頬張りました。
久々のまともな食事です。
まともかどうかは人によるかもしれませんが、
私にとっては本当にまともな食事でした。
ほふほふと口の中を火傷しそうになりながら、
しばらく目を閉じ、たこ焼きの味に浸っていました。
そんな時です。
小学三年生くらいの子供がトテトテと私の脇を通り過ぎ、
たこ焼き屋に近づいていきました。
「10個入り!」
彼は迷うことなくそう言いました。
私が持つ小さなパックではなく、大きなパックに、
それでも溢れんばかりにたこ焼きが詰められていました。
「1個おまけしとくね」
「ありがとうございますっ」
(50円…!)
私は信じられない思いでした。
私が損をしたわけでもないのに、なぜだかとても損をしたような…。
大事ななにかを奪われたような気持ちすらしました。
それでもまだ、少年がお遣いにきていただけなら救いもありました。
これから家に帰って、家族五人でたこ焼きを分け合うとか。
でもそんなことはなく、
少年は味わう素振りも見せずにたこ焼きを口に放り込んでいました。
きっと友達と遊ぶ前の腹ごしらえだったのでしょう。
少年はトレーをゴミ箱に捨てて、走り去っていきました。
私の手元には、冷めかけたたこ焼きが、残り一つだけ。
紅生姜のせいです。鼻の奥がツンと痛むのは。
決して、味わって食べていた自分が情けなくなったわけではありません。
トロトロの本場のたこ焼き、なんて言いましたが、
よくよく考えてみると、ただ小麦粉をケチっているだけのように思えました。
多分、それが正解なのでしょう。
でも口に入れると、ちゃんと美味しいから困ります。
その日はもうなにもやる気が起きず、家に帰ることにしました。
テレビをつけると、ゴールデンウィークを満喫する家族が映し出されていました。
インタビューを受ける男性。
画面には(29)と年齢が表示されていました。
「俺より若い…」
ふっと苦笑まじりに、そう独りごちました。